今年の猫の繁殖期にかなりの数の子猫を育ててきた私と夫は新しい養育をしばらく断ろうとしていたところでした。
ピッコリーノとバンビーナは通りかかった男性に救われ、ラスベガスのレスキューグループ、ハーツ・アライブ・アニマル・レスキューに連れてこられました。目の感染症とゴミ捨て場の悪臭がする2匹には一目で24時間体制のお世話が必要なのが分かりました。私たちは2匹のお世話を引き受け自宅に連れて帰りました。

骨と皮のように痩せ細った2匹にたっぷりの食事を与え、ゴミの臭いをとるために数日間のお風呂を続けました。目をきれいにして薬を与えていると、数日後にはほとんど閉じた状態だったピッコリーノの目もきれいに開くようになりました。
バンビーナは最初の日から生意気な個性を発揮して、私が目薬をするととても悲しそうな顔を見せました。

その後、数週間かけて私たちは2匹を健康に戻すことができました。

ピッコリーノとバンビーナが回復に向かっていたころ、私は市のシェルターの安楽死の予定(新しい家族を探すには不適と判断された)のリストの中に1匹の子猫を見つけ会いに行きました。
子猫はわずかな振戦が見られ少しぐらついていたことから先天的な異常を疑われていました。さらに生後4週と小さかったためにシェルターは仕方なく安楽死のリストに入れていました。
ケージの中で丸くなって動かなかった子猫でしたが、歩くこともひとりで食べることもできました。
私は自宅でお世話をすることを決めホイットニーと名前を付けました。

ホイットニーはひとりぼっちのケージから出たことで状態が格段に良くなっていきました。確かにぐらつきがあり、一度転んでしまうと起き上がるまでに1分以上かかりました。しかし、活発に歩き回るようになり、トイレの使い方も覚えました。
ホイットニーはひとりになるのをとても嫌がり、私が彼女に付きっ切りの時間がいくらあっても淋しがって鳴き続けました。
ホイットニーに感染症の心配がなくなったとき、私は彼女をピッコリーノとバンビーナの兄妹に紹介しました。

幸い、兄妹はすぐにホイットニーを受け入れ、常に一緒に過すようになりました。
ホイットニーは家中兄妹の後を付いてまわり、兄妹は彼女にあらゆる遊びのお手本を示して一緒に遊びました。ホイットニーの脚は自然に鍛えられて格段に改善されていきました。
ホイットニーの脚は獣医師の診断で先天的な異常の可能性が見つかりましたが、彼はホイットニーにとって兄妹と過ごすことがとてもいい影響を与えると私たちを励ましてくれました。

兄妹との出会いはホイットニーの命を救い、彼女に2度とひとりぼっちにならずに済むと感じさせてくれました。
しばらくして、ピッコリーノは自立し始め、ホイットニーとバンビーナの間には固い絆が芽生え始めていました。

健康を取り戻した3匹は7月に入り、新しい家族を探す最後の準備を始めました。
最初に準備が整ったピッコリーノは幸運なことにロサンゼルスに暮らすふたりの女性のもとへ旅立って行きました。
新しいママたちは常にどちらかが自宅にいる仕事のスケジュールを持っていて、彼は常にひとりぼっちで過ごすことが無い、完璧な家を見つけました

避妊治療を受けたホイットニーは、一時麻酔の影響で再びぐらついてしまいました。そのときもバンビーナの存在がホイットニーを回復へと導いてくれました。

8月のはじめ決して引き離すことのできない2匹は一緒に永遠の家へ旅立って行きました。
バンビーナはココ、ホイットニーはクレオと新しい名前も付けてもらい、2匹のために暮らしやすい環境を整えようとする素晴らしい両親のもとで暮らしています。
人間のパパは、ホイットニーが簡単にソファに上れるように穴の開いたブランケットをクッションに固定し、あらゆるところにホイットニーの脚を助ける小さな踏み台が置かれています。

それぞれ路上から救われた3匹の子猫が私たちのもとで出会い、それぞれ幸せな旅立ちを迎えることができました。
ホイットニーにとってバンビーナとの出会いが人生で最高の出来事であったと同時に、バンビーナにとっても同じことが言えました。
“命を救う”とはよく聞く言葉ですが、ホイットニーとバンビーナの出会いはまさにそのものだったと思っています。