リハビリに携わった女性に事情を聴くと、およそ1歳のその猫は野良猫に生まれて元の飼い主に虐待を受け、トラウマを抱えていたそうです。『世界中のどこにも、あの猫を飼える家はないわ。』そう言った女性に私はこう言いました。『私と家族はその猫を引き取るつもりです。』
私は猫がいるシェルターに電話を入れ引き取りたいと伝えました。すると『攻撃的過ぎてペットにするのは無理です。その猫はここでほかの猫を攻撃した上にスタッフの何人かにも攻撃したんです。1週間後の安楽死が決まっているのでもう助けることはできませんよ。』
電話を切った私は父に猫の話をして、5分後に再びシェルターへ電話を入れてこう言いました。
『その猫を引き取ります。』

電話を切った私は父に猫の話をして、5分後に再びシェルターへ電話を入れてこう言いました。
『その猫を引き取ります。』

女性が私たちの家まで連れて来る間に、猫は恐怖のあまりキャリーケースの中で失禁してしまいました。
自宅に着いた猫をきれいに洗うと、猫はアパートに突進して棚の上に飛び乗りました。
猫はそこが自分の場所だと言っているように見えました。
私たちは猫にルディと名前を付けました。

3日後、ルディは先住猫の2匹と打ち解けました。
ルディが私たちを信頼して匂いを確かめるのに1週間かかりました。
3か月後、ルディは私たちの家族の輪にしっかりと加わりました。ルディは私たちにふれあいを求め私たちと抱き合うようになりました。
私たちは家で暮らすペットの中で一番甘いルディに愛情を込めて「ホチキス」とニックネームを付けました。
1年後、ルディはほかの猫にイライラしても噛みつく代わりにニャーと鳴くかその場を立ち去ることを学びました。
5歳半になったルディは威厳があり、魅力的でフワフワの猫で私の自慢になりました。彼はハエを攻撃することもやめてしまいました。

その頃、私はルディの話を掲示板に投稿しました。ルディについて投稿している私の膝にはルディが丸くなっていました。
『ペットにするには攻撃的過ぎる』ルディには到底似つかわしくないレッテルでした。

その後私は実家を離れ、自分の猫と犬と暮らし始めました。
ルディは家族のために父たちと暮らしていて私は頻繁にルディに会いに帰りました。

2018年の秋、7歳のルディは耳ダニを発症し、治療を受けましたがとても時間がかかりました。私は父にエリザベスカラーを付けるように言いましたが、父はルディが不自由をするからと聞き入れませんでした。私は1週間不自由をしても健康の方が大事だと言い、エリザベスカラーを置いて帰りました。

しばらくして、ルディの容体が突然悪化しました。調べてみると耳介血腫という症状のようでした。
食欲を失うルディに、私は両親を説得して動物病院へ連れて行きました。

治療してもらったらすぐに帰れると思っていた私に思いもよらない現実が告げられました。
ルディは脱水状態になり、腎臓が機能しなくなり始めていました。ルディは入院して検査と治療を受けましたが、翌日になっても腎臓の数値はほとんど改善されませんでした。そして、獣医師は最悪の事態を覚悟するようにと告げたのです。しかしルディは食欲を取り戻し喜んで食べたり飲んだりし始めたそうです。
獣医師はとても親身になって懸命の治療を続けてくれました。
私はルディになんとか乗り越えてほしいと祈りました。

病院にいる時間が長くなるほどルディの問題は増えて行きました。ルディの甲状腺が機能しなくなり、彼は吐き出すまで食べたり飲んだりしました。そのため、彼の心臓は大きな負担を強いられ、心雑音がありました。
獣医師の説明を受けていたとき、私は数日前まで元気だったルディに今起きていることが信じられませんでした。
獣医師はルディの腎臓は以前から衰え始めていたはずだといいました。さらに、シェルターから引き取ったとき2012年生まれだと聞いていましたが、獣医師はどう見ても15歳近い年齢だと言ったのです。私は彼の歯の状態と、緩慢な性質に説明がつく気がしました。
そして獣医師はルディを休ませてあげるべきだと言ったのです。

ルディは私と散歩したり、食料品店に行くと私の肩に座るのが大好きでした。
私と家族にとってルディは何といっても愛すべきホチキスであり最高の猫でした。

2018年12月、歓迎されないことは分かっていましたが、ぶつけようのない気持ちをどこかに納めなければやり切れなくてルディの最期をSNSに投稿しました。

私たちはルディを恋しく思い、すっと愛しているしずっと大事にするでしょう。
おやすみ、ルディ。