私たちの住む地域では野良猫の問題を抱えていて、私たちが野良猫を見ない日はありません。アパートの庭にもいつも姿を見せる野良猫が居ました。
しかし、ずっと助けを求めるように鳴く子猫を私はそのまま放ってはおけませんでした。愛犬のコメットを急いで家に連れて帰り、子猫を捕まえるのに役に立ちそうなものと食べものを持って行きました。

子猫を驚かさないようにゆっくりと近付いて行きましたが、子猫には逃げる元気もありませんでした。

私は子猫を掬い上げ、急いでアパートに戻ると水分補給のために水を飲ませました。
そのとき、子猫の身体のあちこちに新しい傷と古い傷が混在していること、お腹に比較的新しい傷があることに気付きました。生後数週間の子猫は厳しい外の暮らしで傷ついていました。
私は胸が痛みました。子猫を救うことができるなら何でもしようと思いました。

翌日、私とボーイフレンドは子猫を動物病院へ連れて行きました。獣医師は神経学的な問題やウイルスへの感染の可能性を否定することはできませんでしたが、今のところは目薬と飲み薬で様子を見ることになりました。
前日より気分が良くなってきているのでこのまま回復へ向かってくれればいい・・・私たちはそう思いました。
ところがその翌日の夜、子猫の容体が悪くなり私はこれが最後の夜になるかもしれないと覚悟し、何時間も子猫のそばに寄り添っていました。

朝、私は冷蔵庫の前で朝食を催促して鳴く子猫の鳴き声で目を覚ましました。
養育部屋で寝かせていたはずの子猫が、それも夜を越せないかもしれないと覚悟していた子猫が・・・お腹が空いたと叫んでいたのです。
子猫はとお腹がいっぱいになるまで食べることができました。私はこれで回復へ向かうと確信しました。
奇跡のような回復を見せた子猫を私はフェニックスと呼ぶようになりました。

養育部屋の扉を開けてフェニックスの脱走を手伝ったのはどうやらコメットのようでした。
コメットは私たちがフェニックスを養育部屋へ戻すたびに扉を開けようとしました。
どんなに注意をしてもコメットはフェニックスのことが気になって仕方がないようなので、私たちの目の届く範囲で2匹を一緒にすることにしました。
フェニックスは大きなコメットの身体に自分の顔を擦りつけ、コメットの腕の中で丸まって眠りました。
そしてコメットの胸でミルクを探しながら喉をゴロゴロと鳴らしました。コメットはミルクを飲むことはできませんがコメットの後をずっと付いてまわりました。

再診のために動物病院へ行ったとき獣医師は1週間前の子猫と同じ子猫だとは到底信じられないと驚いていました。フェニックスは歩くときのふらつきもなくなり、感染症がおさまった目はきれいに澄んでいました。

その翌日、私はシェルターに収容されていたミニボーダーコリーと思われるジギーの養育を引き受けることにしました。
ジギーはシェルターにいる間にほかの犬の攻撃を受けたため、治療のために毛を剃った痕が痛々しく残っていました。とても行儀のいいジギーですが、まだ少し怖がっていてコメットの誘いにもビクビクしていました。
しばらくするとジギーはコメットにも慣れ一緒に寛げるようになりました。
ジギーが加わったことで佐多氏たちの家は一段と賑やかになりました。

フェニックスの状態は安定していてますます元気さを増しヤンチャな一面を見せ始めています。
ジギーはとても愛情深く、フェニックスのヤンチャにも辛抱づよく付き合ってくれます。フェニックスはコメットとジギーに囲まれてとても楽しそうです。
私たちはフェニックスの新しい家族の募集を始めました。
奇跡の子猫は愛情を注いでくれる家族との出会いを楽しみに待っています。