シェルターには24時間いつでもミルクを飲ませることができる常駐のスタッフはいません。そういう場合は養育ボランティアの助けが必要です。
時間が経つごとに衰弱していく子猫が生き延びることができるのか誰にも分かりませんでした。
ちょうどシェルターにいた私は子猫のお世話を引き受けることにしました。私にとって初めての新生児の養育でしたが、子猫はその日のうちに養育ボランティアの家に行く必要がありました。

数日後、子猫が目を開きました。子猫は元気がなくミルクを十分に飲むことができませんでした。
私は本当に子猫を救えるのか心配だったので名前を決めることができませんでした。夫と私はとりあえず小さなスクイートと呼ぶようになりました。

その後の数日間、スクイートは一進一退を繰り返し、よくなったと思ったらまるで坂道を転がるように状態が悪くなりました。
それでも小さなスクイートは全力を尽くして前に進もうとしていました。だから私は絶対に諦めてはいけない、そう思いました。

私は時間ごとのミルクを与えながら、新生児の子猫を看護するために最適なものを探して店から店へペットショップを回りました。その頃の私は自分の睡眠不足を全く気にしていませんでした。どんなことをしても小さなスクイートを健康に戻す、そう心に決めていました。

そんなとき、私は心臓の鼓動を感じることができるぬいぐるみを手に入れました。
カイロとぬいぐるみを入れたベッドにスクイートを入れると、彼はぬいぐるみに寄り添って隣で丸まって眠るようになりました。
するとスクイートはミルクをたくさん飲むようになり、体重を増やし元気を取り戻し始めたのです。
さらに手に入れた抗生物質と目薬を使うとそれはすぐに効果を発揮しました。

私は携帯用のトイレを持って仕事にもどこへ行くにもスクイートを連れて行き、時間ごとのミルクを欠かしませんでした。
スクイートの目は日に日にクリアになっていき、お腹の調子も次第に良くなっていきました。
平均的な新生児の子猫に比べるとスクイートはすべての節目が2週間は遅れていました。彼が離乳を迎えるまでにはどの子猫よりもずっと時間がかかりました。
だからスクイートが初めてウェットフードを食べたとき、私はあまりの嬉しさに叫んでしまいました。

スクイートの状態が安定したとき、すでに私の周囲の人は彼をスクイートと呼ぶようになっていました。とりあえずつけた名前でしたが、私はそのまま変えずにいようと思いました。
好奇心が強く冒険好きで、とてものんびりしていて不器用で、とても面白いスクイートを心から愛おしいと思いました。
何より、スクイートは私の行くところはどこへでも付いて来て、眠るときは私の腕を抱いて眠りました。

養育ボランティアを始める直前、私は14歳と半年の最愛の猫を亡くしていました。私はその猫をゴミ捨て場で見つけ、以来ずっと一緒にくらしてきました。
私は哀しみを乗り越えるために養育ボランティアを始め、そして、スクイートと出会いました。

健康を取り戻しすべての準備が整ったスクイートは、新しい家族を探す時期を迎えました。
でも小さなスクイートはすでに私の心の中にすっかり忍び込んでいました。
私は正式にスクイートを家族に迎えました。

出会いから5か月、すっかり成長したスクイートは相変わらず面白くて私たちには笑顔が絶えません。
初めて新生児の養育はボランティアとしては失敗でしたが、私にとってかけがえのない存在と出会うことができました。