生き残った1匹は前肢が内側に向かってねじれていました。感染症のために呼吸が苦しそうなのに、わずかに上を向いた顔がいつも少し笑っているように見えました。
母猫は唯一生き残った子猫に愛情を注いでいましたが、子猫は自分でミルクをもらう体力がなく、私は注射器で時間ごとのミルクを与えました。
子猫の呼吸を助けるために常に噴霧器を使い、ほとんど付きっ切りで鼻が詰まらないようにきれいにしました。毎晩子猫は私の胸の上に眠っていましたが何度も呼吸が止まりそうになりました。それでも、子猫は決して諦めていませんでした。

私は子猫にミラと名前を付けました。ミラは目にも問題を抱えており、下痢と便秘を繰り返して最初の1か月はなかなか体重を増やすことができませんでした。
ミラが歩き始めたとき、彼女は体がゆらゆらと揺れてまっすぐに立ち上がることができませんでした。獣医師は最終的にミラが橈骨形成不全と小脳形成不全で生まれたと診断しました。
でも、ミラは気にしていませんでした。歩こうとするとすぐに倒れてしまいましたが、ミラは遊びが大好きで、特にトンネルや家のような猫のベッドに突っ込むのが大のお気に入りでした。

ミラは確かに普通ではありませんが、すべての「はじめて」を経験しました。
初めて喉を鳴らす、初めての一歩、初めて自分で食べる、初めて毛繕いをする。
子猫の平均よりも少し遅れていたし、決して完全な形ではありませんでしたがミラはそれぞれの節目を自分なりに経験しました。私にはそのひとつひとつが奇跡に思えました。
小さなミラの存在は私の中で次第に大きくなっていきました。

ミラが回復に向かったとき、彼女の母猫は素晴らしい家族との出会いに恵まれて旅立って行きました。
クリスマスの頃になるとミラは体重を増やして健康を取り戻しました。2月のはじめには避妊治療を済ませ新しい家族を探す準備が整いました。しかし私はミラを手放すことができなくなっていました。私は正式にミラを家族に迎えました。
ミラを家族に迎えることができた日、私は幸せのあまり涙を抑えることができませんでした。

私たちの家にはミラのために少し工夫をしています。ミラは活発に家中を動きまわるのですが、歩き出して数歩のところでたいていは後ろに倒れてしまいます。私が留守をするときはミラにベビーサークルの中で過ごしてもらうようにしました。
それ以外は普通の猫とそれほど変わらない暮らしを送っています。
ミラは私と一緒にいるのが好きなので、私が彼女を置いて部屋を出てしまったときだけは、大声で怒鳴るように鳴かれてしまいます。

ミラは小さなときから特徴的なクセがあります。彼女はほとんどいつも舌を突き出して口にしまうのを忘れてしまいます。医学的な理由はなく、ただの癖なのだそうです。
私はミラの豊かな表情が大好きです、まるで小さな子供のようだと思います。

ミラは私たちの犬や猫にもすぐにかわいがられる存在になりました。犬のパコは小さなミラのお昼寝の相手をしてくれていました。そして、私が育てる子猫たちと遊ぶのも大好きです。
ミラは今でも歩くことを諦めてはいません。彼女は毎日、ウォーキングのトレーニングを毎日続けています。ひっくり返っても、どんなに失敗しても、少し時間がかかっても、彼女は決して諦めようとしません。私はミラの粘り強さと決断力にいつも驚かされてしまいます。

ミラの名前の由来はミラクルです。私にはミラが経験し乗り越えたすべてのことが奇跡に思えました。
ミラが私の膝の上でふと私を見上げるとき、まるで私の心の奥を温かく見詰めてくれているように感じます。
私はミラに信じられないほどの愛情の深さを感じています。私はミラに強く、優しくあることの大切さを改めて教えられました。
生死の境を彷徨いながらいつも微笑んでいた子猫は、全てを乗り越え、強く優しいかけがえのない親友に成長しました。