男性の話では子猫たちは泥と瓦礫にまみれてとても汚れた状態で見つかったそうです。
シェルターは重度の白癬(皮膚糸状菌によって生じる皮膚感染症)を発症していた子猫に投薬と入浴での治療を試みましたが、子猫はそれを頑なに拒否していました。
ラスベガスでレスキュー活動をしているHearts Alive Villageがシェルターから子猫を引き取り、レスキューボランティアをしている私がお世話を引き受けました。
私は『最悪の白癬症』と書かれたメモを受け取ったとき、早く助けたいと思いました。

子猫の状態を知らずにシェルターへ迎えに行った私は、初めて会った子猫を思わず二度見してしまいました。やせ細った子猫は私が見た中で最もひどい状態でした。子猫は大きな瞳で私をまっすぐに見上げました。私は子猫が経験したことを思うと胸が張り裂けそうでした。
私はできるだけ快適な状態に置いてあげたいと思い、子猫を連れて自宅へ戻りました。
子猫は安全な場所だと感じたのかその夜は落ち着いて眠りにつきました。
私は子猫にカイと名前を付けました。私はカイが死んでしまうのではないかと心配しながらやすんだのを覚えています。

カイの回復への道のりは簡単なものではありませんでした。
私はカイのカサカサに乾いた皮膚を潤すために皮下に水分を補給し、シャンプーや経口薬の投与を始めました。カイはとても混乱していました。カイは私が彼女を助けようとしていることを理解できなかったのです。感染の恐れがあるため、私は手袋をしないと彼女に触れることができないし、彼女を毛布にくるまないと抱きしめることもできなければキスすることもできませんでした。最初の1週間、ほとんど食欲がなかったカイに私はシリンジで食事を与えなければなりませんでした。小さな子猫のカイにとってはとても辛い日々でした。

しかし数週間が経つとカイはようやく回復の兆しが見え始めて、彼女の身体にはエネルギーが蓄えられてきました。シェルターで初めて会ったときとは比べものにならないほど力強くなり、カイは遊んだㇼ走り回りたがっていました。カイにはまだ白癬が残っていたため、他の子猫とふれあうことができませんでした。カイの周りには私しかいませんでした。私はカイにとってお風呂や薬を飲ませるいやな相手だったので、私がいくら遊ぼうとしてもカイは決して私と遊ぼうとはしませんでした。

カイの回復はその後も順調で、少しずつ生えそろってきた毛並みはストライプの入った美しい黒のトラ縞になっていきました。私は日に日に元気になっていくカイに驚きました。薬の量が減っていき、お風呂の回数も減りました。するとカイは次第に私に心を開き始め、好きになっていったのです。

10週間後、カイは疥癬の痕もなくなりました。私はようやくカイを抱いてキスをできるようになりました。私が待ち焦がれた瞬間でした。カイは触られたり抱っこされたりするのに慣れていませんでしたが、私は毎日カイを抱きしめていました。最初のうちはぎこちなかったカイでしたが、次第にスキンシップに慣れて行きました。
回復の地中、カイは人間の手が危害を与える敵ではないと学習し直す必要がありました。それは簡単ではありませんでした。それは一進一退を繰り返し、私は地道な努力を必要としました。

カイはオモチャに興味を持ち、遊び心があるようでした、少しずつ私の猫にも紹介していきましたが、始めのうちはどう振る舞えばいいのか分からずに跳び上がってレスリングをしていました。私の猫はとても寛容だったので私たちは根気よくカイの再訓練を見守ることができました。
私の足で遊ぶようになったカイに新しい家族を探す時期が近づいていました。
私はカイにふさわしい人が当然のように見つかることを願っていました。

3月2日、カイは子供と犬と猫がいる家族と出会いました。私は新しいママに、カイが戦った疥癬についてとカイの行動上の問題についてためらいながらすべてを話しました。新しいママはありのままのカイに心を奪われ、癖のある性格を彼女の個性として愛していました。カイは新しいママにフリッカという新しい名前を付けてもらいました。フリッカは兄のようなテックスに可愛がられています。
優しい男性に見つけられたカイは、最悪の始まりにも拘らず小さな体で闘い抜いて理想の家を見つけました。