袋小路をふたつ越えた辺りに住んでいるようですが私はその猫の名前を知りません。
私と家族はベビーグレイと呼んできました。

ベビーグレイはまるでプログラミングされたように庭をさまよって引き戸の前に立ち親友が走ってくるのを待っています。

グレーシーはベビーグレイを見つけるとガラス戸まで走っていました。
ベビーグレイは以前のようにグレーシーが走ってくるのをただじっと待っています。
時には20分、時にはそれ以上の時間じっと待っています。

私がベビーグレイに初めて気づいたのは2年半前でした。グレーシーは裏庭に現れたベビーグレイを喜んで歓迎しました。

グレーシーはアメリカンエスキモーで殆どの時間を外で過ごしていました。彼女は自然を愛していて動物が大好きでした。シマリスやウサギ、鷹に至るまで庭に現れるどんな動物とも友達になりました。ベビーグレイが現れたときもグレーシーは新しい訪問者に興味津々ですぐに友達になってしまいました。そして時間の経過とともにベビーグレイの訪問は頻繁になっていったのです。グレーシーとベビーグレイはお互いに気の合う親友同士に見えました。

私たちはポーチにグレーシーの好物であるトマトを置いておきました。グレーシーがベビーグレイと分け合って食べるのを見たときはとても驚きました。グレーシーは食べものにとてもこだわりがあり、自分の食べものを分け合うことはそれまでほとんどなかったからです。食べ終わると2匹は一緒に大好きな日光浴をして過ごしました。

私たちはグレーシーとベビーグレイの間に築かれた絆に驚きましたが、それはグレーシーの性格を考えると納得できました。グレーシーは友達や家族のために何でもしました。私がミズマムシに襲われたとき生後8か月の子犬だったグレーシーが助けてくれました。私たちのもう1匹の犬、ヨーキーには母親のような存在でした。

2017年10月の終わり。グレーシーの12歳の誕生日の直後、私たちは急激に元気を失っていくグレーシーを動物病院へ連れて行きました。何度か検査を受けた後、彼女に進行性のがんが見つかりました。グレーシーは残された日々の殆どを寒いポーチで過ごしていました。私は大好きな場所だから穏やかにいられるのだと思っていましたが、実際グレーシーは愛する庭にいる全ての友人たちにお別れをしていたのです。そしてそこには確かにベビーグレイが居ました。

ベビーグレイはグレーシーの最期の日に何度か会いに来ていました。2匹がいつものように用意したトマトを食べることはありませんでした。一緒に横たわっていました。2匹には言葉も何もいらない、そういう繋がりを感じられました。2匹はただ一緒に居たかっただけでした。

グレーシーはがんと診断されて1か月もたたない2017年11月に虹の橋を渡っていきました。
グレーシーは私の親友であるだけでなく多くの人の親友でもありました。私にとって彼女が居なくなった空白はとても大きく今でも彼女を想わない日はありません。
時間と共に心の傷みは和らいでいきますが、私は以前の私には戻れません。グレーシーは私のソウルメイトのような存在だったのです。

1年以上たった今も、ベビーグレイは毎日庭を訪れ引き戸の前で佇んでいます。しばらくすると横になって日光浴をしています。
私はベビーグレイがグレーシーを探しているのを見ると胸が痛みます。だけど同時にグレーシーとベビーグレイの絆の強さが私に希望を与えてくれています。

グレーシーは同じ痛みを持つシアさんとベビーグレイを優しく繋いでいるのかもしれませんね。