走っていたレーンの真ん中に小さな毛皮のボールのようなかたまりが見えました。
前を走る車がかろうじてかたまりを踏まずに通り過ぎました。
通り過ぎてそれが子猫だと気付き、私たちがその場所まで戻ると子猫がまだ生きているのかケガをしているのか子猫が小さくて分かりませんでした。

泣き叫んでいる子猫を掬い上げて胸に押し当てたとき、すぐに子猫の弱々しい体が落ち着くのを感じました。
大きな安堵感と疲労感が子猫を襲い、思わず私は両手で子猫を包みました。
私は自宅に着くまでの約20分の間、小猫にそっと話しかけました。
自宅に着く頃、子猫はとても穏やかになっていました。

子猫は生後3~4週、骨と皮にやせ細っていて体重が約290gしかありませんでした。
お腹を空かせているはずの子猫はボトルのミルクを飲もうとしませんでした。
私は子猫の食欲をそそるためにウェットフードを手で与えました。
数日間子猫にウェットフードを与えているうちに、子猫はそれが気に入ったようです。
そして私が親切な人だと認め始めました。
私は子猫にすっかり心を奪われ、子猫にペブルと名前を付けました。

ペブルは絶えず喉を鳴らし始め、背中を丸めて愛情と注意を求めました。
ところが数日後、ペブルはひどい下痢の症状が続いて状態が悪化し始めました。
ペブルはネコの汎白血球減少症(猫ジステンバー)に感染していると診断され、私は24時間体制の看護を始めました。
ペブルは七面鳥のベビーフードの離乳食が好きですが、その好物でさえときどき食べるだけでした。
数週間の懸命の看護の後、回復したペブルは失った体重を取り戻して体重が450gあまりまで増やすことができました。

自宅にはペブルのお世話を始めたときから、ずっと彼に会わせたいと思っていた2匹の子猫が居ました。
ハリーとロイドはペブルと年齢が近く、いい友人になれると思っていました。
ペブルの準備が整いようやく会わせることができたとき、3匹はひとつのボウルから食べ、次第に一緒にいる時間が増えていきました。
ハリーはペブルと同じように以前はなかなか食べようとしませんでした。
しかし、3匹が一緒に過すようになるとペブルもハリーも競って食べるようになりました。

ペブルと暮らし始めて1か月余りが経ちました。
暑くて交通量の多い通りで泣き叫んでいた小さなペブルは危険を乗り越え、恐ろしいウィルスにも耐え抜きました。
ペブルはウェットフードだけでなくドライフードも何でも食べるようになり、トイレも使えるようになりました。
そして、いつもハリーとロイドと仲良く寄り添っています。
私は懸命に生きるペブルを誇りに思いました。

10月に入り、ペブル、ハリー、ロイドの3匹はそろって新しい家族を探す準備が整いました。
私が今まで育てた中でも最も愛情深い子猫達に数えられます。
数か月前、両手に包めるほど小さかったペブルのために、たくさんの眠れない夜を過ごしたことがつい先日のようです。

12月のはじめ、ペブルは私の親友と彼女のボーイフレンドのもとへ旅立って行きました。
ペブルには2匹の大きな猫が待っていました。
養育ボランティアはさようならがゴールですが、今回はさよならを言う必要がありません。
私はこれからもペブルに会うことができます。

私がペブルを見つけたとき、彼はまだひとりで動くには小さすぎました。
彼が交通量の多い通りの真ん中にいたのは、彼を銜えた母猫が乗ったトラックからあやまって落ちてしまったのかもしれません。

ペブルは何度も命の危機に直面しながらそのたびに戦い抜いて、ついに永遠の家を見つけることができました。

ひとりぼっちだったペブルに友情を教えてくれたロイドとハリーもきっとあたたかい家族のもとへ旅立って行くでしょう。
ロイドとハリーはその日を楽しみにしています。