私がトラックを停めていた場所に確実に2度姿を現した野良猫がいました。
近付いてみると、野良猫は右耳の先端がカットされていました。
保護活動で去勢手術を受け棲家に返されている印です。
よく見ると何かにぶつけたのでしょうか、野良猫は右目の眼窩がわずかに歪み眉毛のように生えているはずの毛がほとんどありませんでした。
口の中を開けて見ると右側の犬歯が1本欠けています。
野良猫は外の暮らしで傷ついていました。

それがパーシーとの出会いでした。
私は猫を残していくことができませんでした。
そこから私とパーシーの暮らしが始まりました。

穏やかな性格のパーシーは、トラックの旅にすぐに馴染、私たちは数千マイルを走ったのです。

私は助手席にパーシー専用の座席を作り、パーシーが日差しを浴びながら昼寝ができるようにしました。
ノースダコタの平原、モンタナ州の荒れ地、森林と山々、青いロッキー山脈には雪を頂く山頂を見ました。
パーシーはバードウォッチングを楽しみ、走り去る景色を眺めていました。

パーシーは毎朝私が起きる時間が来ると私の顔の前でネズミのオモチャか自分の尻尾を追いかけて遊びます。
おかげで私は目覚まし時計が必要なくなりました。

パーシーはとても優しい猫です。
ときどき私の膝の上で丸くなったり、顔を擦りつけてきたり。
猫だから昼寝と食べることが大好きです。
ハーウィを亡くして以来、ひとりで走っていた私はパーシーのおかげで毎日笑うことが多くなりました。
ひとりの自由は決して悪くはありませんが、誰かと分かち合う方が私の性には合っています。

一度パーシーを見失い、もう2度と会えなくなると覚悟したときがありました。
オハイオ州のパーキングエリアで休憩をとっていたときのことです。
パーシーが鳥を追って助手席の窓から飛び降り、私は驚いてすぐに追いかけようとしました。
凍えるような雨の中で必死にパーシーを探したのですが、出発しなければならない時間が迫っていました。
私は数千ドル分の商品を届けなければならなかったのです。
何時間探しても、パーシーを見つけることはできず、とうとう出発しなければならない時間が来てしまいました。

パーシーを置いていくなんて耐えらないことでしたが仕事を放りだすわけにはいかない、私はそう思いました。
すると、私のSNSを通じてパーシーが居なくなった経緯を知る世界中の人たちがそれぞれ地元のシェルターへ電話で問い合わせたり、投稿を共有するように呼びかけてくれたのです。
彼らは私にパーシーを見つけることを約束してくれました。

400マイル(643km)を走り、インディアナ州の目的地に到着した私は、事務処理のために車をおりました。
すると、トラックの下から薄汚れた猫が飛び出してきました。
パーシーでした。
なんとパーシーはトラックのリグの胴体の下を移動し続け、400マイルを移動したのです。
ディーゼルの灰をかぶりお腹をすかせたパーシーは幸いにもけがはなく元気に食事を平らげました。
SNSでパーシーが無事だったことを伝えると、心配していたたくさんの人達がみんな喜んでくれました。

私は全てのトラックにドライバーを支えるヒーローが必要だと思っています。
ハーウィが虹の橋を渡って以来、私のトラックはずっとヒーローが不在のままでした。
私の前に現れたパーシーは自分の居場所を探して私と出会い私の相棒として旅を始めました。
パーシーは私のトラックのヒーローに成長してくれています。
私はヒーローに毎日こう語りかけています。
『君のいるところはここだよ。私はずっと傍にいるよ。』