私が彼らの収容されているケージへ様子を見に行ったとき、子猫達の全員が母猫にしがみついていました。
彼らがなぜ捨てられていたのかは私たちには分かりません。
だけどその姿を見た途端、私は彼らの傷ついた心を癒すには時間が必要だと感じました。
何とか手助けをしたいと思い、昼休みの休憩時間に全員をキャリーケースに入れて自宅に連れて帰りました。

5匹の子猫たちの中で一番小さな子猫を私はミーシークスと呼びました。
ミーシークスは兄弟に比べて発育が遅れ、体重は半ポンド(230g)もありませんでした。
そのためいつも丸くなってあまり動くことができず、ぼんやりとしていてまるでぬいぐるみのようでした。
私が写真を見せた人たちの殆どがフェルトで作ったぬいぐるみだと思い、掌に乗るほど小さい彼を本物の猫だとは信じられない様子でした。

発育の遅れているミーシークスが兄弟と同じように成長するように私は特に気を付けていました。
一緒に暮らし始めて数日が経つとミーシークスは次第に活発になり、私の後を付いてまわるようになりました。
私が部屋を出ると扉の前でずっと待っているのが見えました。
まるで私を護衛しているかのようでした。

数週間後、動物病院から家族の検査結果が届き、子猫達の全員が猫ジステンバー(猫伝染性腸炎)に感染していることが分かりました。
子猫達にとって命を落とす可能性のある恐ろしい感染症です。
1週間、24時間体制の看護の末、幸いにも全員が完治することができました。
心身ともに健康を取り戻した家族は新しい家族を見つける時期を迎え、私はシェルターへ6匹を連れて行きました。

5年前、養育ボランティアを始めるとき、猫たちとの別れは彼らの未来の始まりでさよならがゴールだと教えられました。
養育ボランティアはそれが仕事です。
でも、ミーシークスが私を見上げたとき、私は彼と離れることができませんでした。
私は正式に引き取りの書類にサインをしてミーシークスを家族に迎えました。

私たちの家族に加わったミーシークスは、その後何度も動物病院へ通わなけれればなりませんでした。
兄妹が旅立って行くまでの間に発見されなかった異常のために、3回の誤嚥性肺炎、癌を疑われたこともありました。
しかし最終的にネコ胃腸好酸球性硬化性線維形成症(FGESF)と診断されたのです。
FGESFは最近提唱された炎症性疾患で、治療法が確立されていない平均余命を予測する方法のない病気で、嘔吐を伴う症状があります。
私はミーシークスが一生付き合っていく病気だと受け止め、支えていくつもりです。
ミーシークスはステロイド剤と必要に応じて吐き気を抑える薬を服用しながら週に1度注射のために通院しています。

10月1日、ミーシークスは1歳の誕生日を迎えました。
家族で祝ったこの日は迎えることが危ぶまれた時期もあり、私たちにとっては特別な日になりました。
ミーシークスは私たち家族の喜びを与えてくれるかけがえのない存在になっています。
今も私は彼の護衛なしでは部屋を移動することはできません。
ミーシークスは私にとって重要な存在であることを理解していると思います。

私の手のひらでぬいぐるみのように小さくはかなかったミーシークスは、何度も命の危機を乗り越え、ずっと闘い続けてきました。
これからもそれは変わることはありません。
ミーシークスとの出会いは私に人生に対する見方を変えてくれました。
彼は愛がときどき4本の足を持ってやってくることを教えてくれました。