兄弟に比べてかなり小さな子猫は力なく眠っていて見つけたときは死んでいるのかと思いました。
しかし、私が抱きあげると子猫が叫び声をあげたので安心しました
兄妹3匹を車に乗せ、母猫が戻ってきたときのためにトラップを置きました。
小さな子猫は衰弱していたため専門的なお世話が必要でした。小さな子猫は私たちと一緒に帰宅し、兄弟は別の養育ボランティアにお世話を引き受けてもらいました。
小さな子猫が体力を取り戻したら兄弟と再会させられる・・・そう思っていました。

子猫は元気がなく、食欲もなく体重も増えませんでした。
私たちは保育器の中に子猫を入れ、哺乳瓶を嫌がる子猫に24時間体制の経管栄養補給を始めました。
子猫の名前を考えたとき、数年前に育てた子猫と同じ鼈甲色の猫からエリカ・ジュニアと名付け、EJと飛ぶことにしました。
健康を取り戻すまでとても苦労したけれど、無事に成長し永遠の家に旅立ったエリカのようにEJも必ず生き延びて幸せになってほしい・・・そんな願いを込めました。

その後もEJは何度試しても哺乳瓶を嫌がり、私たちは経管栄養補給を続けました。
EJが生き延びるには体重を増やさなければならず、私たちは全力を尽くしました。
そのことを分かっていたのかEJは私の声を覚えたらしく、彼女に話しかけながら保育器の前に近付くと彼女は保育器の中で起き上がり私の方へ歩いてきて喉を鳴らしました。

その後の数週間、EJの体重は数グラムずつしか増えませんでしたが、私たちは彼女の体重が増えるたびに彼女を祝福しました。
私たちは彼女のために精いっぱい戦っていましたが、それでもEJは自分で食べたり飲みこんだりさえしようとはしませんでした。

1か月が経とうとする頃、ようやく静脈から血液検査ができるようになったEJは重症の細菌感染症と戦っていることが分かり、抗生物質の投与を始めました。
するとその夜から食欲が回復しだし体重も増え始めました。
EJの状態が安定したとき、ようやく彼女は保育器から出て養育部屋で暮らすことができるようになりました。

1週間後、やっとオモチャで遊べるほど体力が回復したEJは普通の子猫と同じように食べるようになりました。
EJがひとりで食べているのを見たとき、私は涙を抑えることができませんでした。
EJは活発に動き回るようになり、カウンターから物を叩き落としたり、キーボードの上を横切ったり、子猫が経験する家の中のヤンチャを楽しめるようになりました。

私たちはEJの母猫を探し続けていましたが、残念ながら彼女は2度と戻って来ることはありませんでした。
ただ、EJ達を保護した周辺で数匹の猫を救助し、避妊治療を受けてもらうことができました。

順調に回復に向かったEJは9月の終わりに体重が1ポンド(453g)に達し、11月に入り目標だった2ポンドまで増やすことができました。

全ての準備を整えたEJは、かつて私たちが育てたジョンとポンチが暮らすネブラスカ州の家族のもとへ旅立って行きました。
EJの旅立ちは必死に生きようとする彼女を抱いていたとき私が目指していたゴールでした。

救助や養育の活動はその多くが地道な活動に費やします。私たちが活動で得られる最高の報酬は救助した猫たちの幸せに暮らす姿です。