子猫は小さな体が頭を支えきれず全身がふらふらしてとても不安定でした。
獣医師は子猫の首にネックブレース(首を安定させるための装具)を付け頭部が安定するようにしました。

小脳形成不全は成長と共に重症化することはなく、子猫が苦痛を感じることもありません。
殆どが普通の生活を送ることができます。
私は子猫の体重が230gと平均の半分ほどしかないことの方が気になりました。

自宅には夫のイルが待っていました。
夫はある子猫との出会いをきっかけに、里親の仕事に協力してくれるようになりました。
イルはひとりぼっちの子猫の遊び相手になってくれます。
小さな子猫にとって遊び相手はとても重要な存在なのです。

イルは早速カウチの上で子猫を胸に乗せました。
すると子猫はイルの顔に頭を擦りつけ何度もそれを繰り返していました。
どうやら子猫はイルを気に入ったようです。
私たちは子猫をガスと呼ぶことにしました。

ガスの左目は深い角膜潰瘍がありました。
しかしガスが小さすぎるため、すぐに手術をすることができません。
手術は彼の成長を待ってすることになりました。
それまで点眼剤を使っての治療を始めました。

夫は猫のトイレの掃除と洗濯を手伝ってくれました。
それだけでも助かっていたのですが、ガスのお世話を始めると一晩中彼にミルクをあげると言い出したのです。
夫はすっかりガスに心を奪われていました。

ガスは順調に体重を増やしていきました。
数日ガスの動きを観察して彼の小脳形成不全はとても軽度であることが分かりました。
起伏のある場所を上手に歩くことができ、トイレの縁も超えることができます。
ときどき転ぶこともありますが、特別多いとは言えません。
何よりガスはとても活発に歩き回りました。

しかし一方でガスの目はどんどん悪化していました。
この時点で私たちは1日に6回2種類の目薬を注していました。
私たちはガスが痛みを感じていないかとても心配しましたが、獣医師はそれはないと断言しました。
それでも次第に状態が悪くなるのはとても辛いことでした。
獣医師は目薬を一つ増やすことを検討していました。

里親の仕事はいいことと悪いことがめまぐるしいほど巡ってくるのでまるでジェットコースターに乗っているようだと思うことがあります。
でもこの経験に価値があり、私たちは降りることができません

ガスの成長は全体を見れば順調です。
しかし、彼の体調は数日ごとに変わることもありました。

10日ほど経った頃、ガスは数日下痢に苦しみ、体重の増加が止まっていました。
食事を替え、抗生物質を摂ると数日後には元気を取り戻し新しいオモチャで遊びました。
暢気な顔で遊ぶ無邪気なガスの姿はいつも私たちを明るくしてくれました。

2週間後の健康診断に動物病院を訪れたとき、獣医師はガスの成長をとても驚いていました。
ガスは首の筋肉をまっすぐに伸ばすことができ、頭が傾いたり、体が震えることもありませんでした。
獣医師が付けたネックブレースはガスを助けてくれ、彼はそれを卒業しました。
左目の状態は決して良くはありませんが、点眼剤に加え、目の乾燥を防ぐ点眼剤を続けることになりました。

そしてその翌日、ガスはついに1ポンド(453g)に達しました。
私はあふれてくる涙を我慢できませんでした。

ガスを迎えて1か月半、彼の体重は1kgに届こうとしていました。
ガスは写真を撮るのが難しいほど活発に走り回って遊び、手術に耐えられる体力を十分に蓄えていました。

獣医師は目の手術を8月1日と決め、同時に去勢手術を行うことになりました。
獣医師はガスに何度も麻酔をかけずに済むと考えていて、私もそれに同感でした。
手術の前日、私とイルは眠れない夜を過ごしました。
ガスが入院している間、彼がいない我が家はとても淋しいものでした。

ガスは無事に手術を乗り切り、私たちのもとに帰って来ました。
10日後の抜糸が済めば旅立ちの時を迎えます。

ガスは友人のジューンの家へ旅立って行きました。
ジューンの家には私のもとから旅立った2匹の猫と、1匹の子犬と1匹のカメが待っていました。
ガスが楽しい毎日を送れることは疑う余地もありません。

私たち里親はいつも全力で愛情を注ぎ子猫たちを育てます。
私たちの仕事は別れの時に辿り着くために懸命に働くことです。
別れは子猫が生涯の幸せを掴んだ勝利を祝うときです。
灼熱の路上から救われたガスを、育て、癒し、旅立つ準備ができるまで愛情を注いだ私たちはガスがここに辿り着いたことをとても誇りに思います。