子猫の名前はバニーといいました。
バニーは尿路感染症を抱え、体重が500gにも届かず重度の栄養失調と低体重でした。
獣医師は経口抗真菌薬を与えましたが、バニーの症状には効果が現れず、彼女の免疫システムが極度に低下していることが判明していました。
シェルターの人たちはバニーに1週間さえ期待していなかったのです。

しかし私は、バニーの目には病気と闘う闘志が残っていると感じました。
バニーが私に近付いて来て鳴いたとき、『わたし、生きたい』彼女がそう言った気がしたのです。

私はバニーを自宅に連れて帰り、全ての治療を始めました。
しかし、衰弱しきっていたバニーは食欲がなくほんの少しずつしか食べることができませんでした。

白癬は強い感染力を持つため、ほかの猫との接触を避けるため、バニーには個室を用意しました。
しばらくの間、私はバニーの部屋から離れるたびに戻ったときには彼女が死んでいるのではないかと常に不安でした。
夫はそんな私のために1日に何度もバニーの部屋へ行って『大丈夫だよ。』と教えてくれました。

バニーは1日に何度もお風呂に入る必要があり、彼女は健気にそれを我慢しました。
食欲のないバニーにとっては食事さえ辛いときもありました。
しかし、バニーはできる限り口にしようと我慢しました。
栄養失調だったバニーには時間ごとの食事が必要で、私は24時間体制でシリンジの食事とお薬を与えました。

バニーの症状は一進一退を繰り返していましたが、小さなバニーは懸命に戦いました。
私はバニーのために自分にできる全てのことをやり切ろうと集中していました。

私はときどきバニーを薬湯に入れリラックスしてもらいました。
一日の終わりに最後のお風呂が終わると、私はバニーを抱きしめ何度も愛してると言いました。
バニーに限らず、子猫には自分が愛されていると感じてもらうことがとても重要なのです。
ほかの猫と接触できないバニーの傍には私と夫がいるだけでした。
夫はバニーが淋しい思いをしないようにと頻繁に彼女の部屋へ行き抱きしめていました。

抜け落ちていたバニーの被毛が少しずつ生え始めてきました。
彼女のお腹には桃の産毛のような柔らかな毛が生えています。
私はきっと、バニーの毛が生えそろい風になびく日が来ると信じていました。

私は回復に向かうバニーをときどき、犬の散歩に連れて行きました。
バニーはパーカーのポケットに収まっているのが大好きでした。
バニーは私のぬくもりに包まれながらお散歩を楽しんでいました。

2か月が過ぎると、バニーの体重を約1kgまで増やすことができました。
バニーの耳の感染症はきれいに完治し、少しずつ生えそろっていた毛並みも輝き始めていました。
バニーは新しい家族を探す時期を迎えました。

私はバニーが居なくなったときのことを考えて10回以上涙を流しました。
とても辛いけれどそれが私の仕事です。
お世話をした子猫たちが旅立って行くのは、お世話を必要とするほかの猫との出会いが待っていることを意味します。

バニーはロサンゼルスに暮らすマリージャさん夫妻の家に旅立つことが決まりました。
夫妻が迎えに来る前日、私はバニーをお腹のポケットに入れて過ごしました。
私はバニーの重みを感じながら最後の時間に彼女を祝福しました。

マリージャさん夫妻に愛情を注がれながら治療を続けたバニーは完全に彼女の姿を取り戻していました。
成長したバニーは私が思い描いた通り、フワフワのゴージャスなレディです。

誰ひとり1週間先に彼女が生きているとは思わなかった子猫は、強い闘志で完全に復活を遂げ幸せを掴みました。
バニーの幸せは私と夫の誇りです。