モグリとは友人たちと旅行したモロッコの町で出会いました。
2017年3月のことです。

通りで一息入れていたとき、しっぽにケガをした薄汚れた子猫が私たちに向かって歩いてきました。
生後2か月くらいの小さな子猫は、痩せて弱々しくひとりぼっちでした。
私が声をかけると、子猫は私に向かって近付いてきました。
抱き上げると、安心したように私の腕の中で眠ってしまったのです。

通りかかった地元の人が、子猫を見たことがあると言いました。
その人は子猫の母猫が車に撥ねられたところを目撃したのだそうです。
夕暮れに差し掛かったとき、私は子猫を置いてはいけませんでした。
仕方なく、宿泊先のホテルにこっそりと連れて帰りました。

母猫を亡くしひとりぼっちの子猫は、とても疲れているようでした。
ホテルにいる間、ずっと眠っていたのです。

私は子猫の寝顔を眺めながら、そのまま連れて帰るか決めかねていました。
連れて帰るとすれば、どうしても確かめなければならないことがあったのです。

それまでの私はずっと仕事に明け暮れて働き詰めでした。
しかし30歳を過ぎて人自分の人生を考えたとき、私は80歳の自分が誇れる人生を過ごしたい、そう思うようになりました。
旅に出たい、自分に挑戦してみたい、その想いは日に日に強くなっていました。

子猫を家族に迎えるとなるとその生涯に私は責任があります。
子猫を置いて旅に出ることはできないし、かといって子猫にとって旅の生活が幸せといえるだろうか・・・
小さな子猫との出会いは、私にとって大きな決断を求めてきたのです。

翌朝、私は子猫を連れてバイクを走らせました。
はじめは戸惑っていた子猫でしたが、30分ほど経つと景色を楽しむ余裕を見せ始めたのです。

子猫を置いて帰れば、きっと生き延びることはできないでしょう。
私は子猫を連れて帰ることを決心しました。

2017年7月、私は仕事を辞め8月下旬にモグリと一緒にドイツを旅立ちました。
トランクの中にモグリのおやつをぎっしりと詰め込んで。

交通量の多い街の中を走るとき、モグリは私の肩の上で景色を楽しんでいます。
高速道路や交通量の少ない道で私がスピードを上げると、ハンドルに固定したバッグの中に寝ています。

私が舗装された道より、起伏の激しいオフロードを選んだときはバッグの中から抗議することもあります。
彼女は私ほどスリルを愛してはいないのです。
でも、疾走するバイクで渡り鳥の大群に出会った時は、バッグの中から顔を覗かせて群れを成して飛ぶ鳥たちを眺めていました。
モグリは、彼女なりに私との旅を楽しんでくれていました。

テントで夜を過ごすとき、モグリはまず、周辺に犬やほかの動物がいないかを確かめています。
いないことが分かると、姿を消して何時間も、ときには日暮れまで戻ってこない時もあります。
私と一緒に周辺を探検することもあるのですが、私がテントを見失うと必ずモグリは私テントに連れて帰ってくれます。
そんなとき私はただモグリの後を付いて行くだけ、モグリだけが頼りです。

旅の途中、冒険好きな彼女が姿を消してしまい本気で探したこともありました。

いなくなったモグリを何時間も探していた私は、知らないキャンピングカーの中にいる彼女を見つけました。
どうやらそのドライバーはモグリを連れ去るつもりだったようで、ヒヤリとしました。

ある時は、レストランのトイレのキャビネットに閉じ込められ、必死に助けを求めて鳴いているモグリを見つけたこともありました。

またある時は、モグリを探している私に地元の人が市場で見かけたと情報をくれることもありました。
市場へ走ると、店を見て回るモグリを見つけることができ、ホッとしました。

時には猫と一緒だという理由でホテルやレストランで入店を拒否されることもあります。
私が食事をかきこむ間、仕方なくモグリを預けなければならないこともありました。

でも、私が窮地に陥ったときそれぞれの土地で必ず救いの手を差し伸べてくれる親切な人が現れました。
中にはガソリン代を受け取ろうとしない人もあったくらいです。
そして、行く先々で『猫』という言葉と必ず出会いました。
モグリは私と人を繋ぐきっかけを作ってくれたのです。

私は今、モグリとドバイに滞在して働いています。
8月下旬にパキスタンとインドへ向かって旅を続けるためです。
それまでの間、モグリはしばしの休養です。
その先の私たちの冒険のために。