フォスターが発見された日、ラスベガスは大荒れの天気でした。
フォスターは野良猫から生まれ、ウジ虫に覆われた兄弟の亡骸の上に横たわっていたそうです。

授乳期の子猫が生き延びるには、母猫の存在がその可能性を大きくします。
しかし、フォスターには母猫のぬくもりもミルクもありません。
フォスターの看護は困難なことが予想されましたが。私は断ることができませんでした。

衰弱しやせ細ったフォスターは、それでも生きたいという強い意志を持っていました。

フォスターにはじめてミルクを飲ませたときです。
シリンジにつかまったとたん、フォスターの耳はリズミカルにビートを刻み、後ろ足でフミフミをしながらシリンジのミルクを吸い始めました。
そして、これ以上ない至福の表情を見せたのです。

私は思わず微笑みながら、フォスターはきっとこの試練を乗り越えらると確信しました。

次のミルクを与える前に、フォスターと私自身のために2時間ほど仮眠をとろうと準備を始めたときでした。
フォスターが私の胸に這いあがってきました。
そして喉を鳴らしながらそのまま眠ってしまったのです。

その時のフォスターはただ愛されていることを感じたい、それだけだったのです。
安全で温かく、自分が守られていると感じたから安心して眠ったのです。
それは子猫が生き延びるために必要な感覚なのです。
里親をしている人なら誰しも、子猫が生き延びるために愛情を注ぐことに集中するのはそのためです。

私の家ではじめての夜、フォスターはとても親孝行な夜を過ごしました。
私はフォスターにミルクを与えるために。時間ごとに彼を起こさなければなりませんでした。
フォスターはミルクをもらう時間以外に鳴いて私を起こすことが無かったのです。
フォスターの看護のために睡眠時間が十分に取れない私にとって、それはとてもありがたいことでした。

フォスターは生まれて初めてお腹いっぱいにミルクを飲み、誰かと一緒に笑い合うことが嬉しくてたまらないようです。
ミルクの時間が待ち遠しくて、飲み終わると彼は私の腕に抱きついてきました。

毛繕いを覚えてもらうために歯ブラシでフォスターをブラッシングしても彼はフミフミをしました。
フォスターのエアフミフミは見ているだけで幸せになります。

私はそんなフォスターにずっと励まされ、疲れを忘れることができました。

保護されて3週間後、フォスターの体重はようやく450g(1ポンド)に達しました。
そして、フォスターに乳歯が生え始め、離乳の準備を始めることにしました。
衰弱した状態で見つかったフォスターの成長は平均に比べてゆっくりです。
見え始めた乳歯は芽を出したもののなかなか生えてきませんでした。

それでも、ひとつの節目を迎えることができたフォスターに私は少し安心することができました。

毎晩、私とフォスターは電気毛布にくるまって寝ています。
フォスターが眠るまで、毛布の中で遊ぶのが私の一番好きな時間になりました。

その1週間後、フォスターは初めて子猫用のウェットフードを食べました。
1回分の量を4分の1食べるのに約30分かかりました。
でも、これも必要なことです。
フォスターはかじって食べることを覚えなければならないのです。

食べることに一生懸命なフォスターは、よくお皿から顔を離してもずっとかじり続けていました。
水を飲むことを覚えたときも、水から顔が離れても、いつまでもペロペロ舌を動かしていました。
フォスターはとてもまじめなのかもしれません。

私の夫が趣味のギターを弾いているとき、フォスターが前足を動かしているのを見て夫はとても喜んでいました.
フォスターはただ、夫と遊ぶのをそうやって待っているだけなのに、夫は自分の真似をしているといって嬉しそうでした。

フォスターの人生は最悪の状態で始まりましたが、兄弟の中でただ1匹生き残った彼は、始めから生き延びると決めていました。
回復し、成長し始めたフォスターはとても生き生きとして、早い時期からその個性が輝いていました。

そんなフォスターに、人はみな魅了されていきました。
今、私の実家の家族がフォスターを迎える日を心待ちにしています。
彼らも一目でフォスターに心を奪われたのです。

フォスターが受け入れられる家族が決まり、しかも、私はこの先もフォスターの成長を近くでずっと見守ることができることになり、とても嬉しく思っています。