子猫はひとりぼっちでいましたが、まだ母猫のお世話が必要な小さな子猫でした。
放っておけばきっと死んでしまいます。
私は、子猫の体をきれいにして、乾かし、温め、時間ごとのミルクを与えました。

少しずつ元気を取り戻した子猫は、とても人懐っこい子でした。
こんなに人懐っこい愛情豊かな子猫は初めてでした。
私の傍から一時も離れ無くなり、私の肩にオウムのように座るのがお気に入りになりました。
私は子猫をキムボと呼ぶようになりました。

キムボにひとつ気になりことがありました。
回復してきているし懐いてくれているのに、私はまだ一度もキムボの鳴き声を聞いていなかったのです。
気になって動物病院へ連れて行きました。

獣医師から思わぬ言葉を聞きました。
キムボは病気で声帯が傷つき、永遠に声を失っているというのです。

でも当のキムボは問題にしてはいませんでした。
キムボの看病で睡眠不足が続いていた私ですが、その甲斐あってキムボの回復はその後も順調でした。

キムボと出会って1週間後、その回復ぶりにホッとしていたときでした。

一緒に暮らしてきた18歳の猫、シャニアが旅立って行ったのです。
シャニアは私の親友であり、私の人生の殆どを一緒に過してきました。
私は、シャニアの居ない人生をなかなか受け入れられずにいました。

キムボはずっと私の傍にいてくれました。
私の膝に乗って、大きな目で覗き込みじっと見つめていました。
まるで何かから私を守っているように、私の後を付いてまわりずっと見守り続けてくれたのです。

時折、キムボは私に向かって何かを必死に訴えようとしました。
声にならない声で、何かを語りかけようとしているようでした。

そして、キムボの存在はシャニアを失ったどうしようもない喪失感に沈んでいた私を少しずつ引き上げてくれたのです。

私にはもう1匹、1歳半になるチャンスという猫がいます。
シャニアを失ったのは私だけではありませんでした。
チャンスもまた、優しい姉のようなシャニアを亡くしていました。

キムボはいつの間にかチャンスとも心を通わせ、いたずらを企む相棒になっていました。
穏やかだったシャニアとは違い、ヤンチャぶりを発揮し始めたキムボとチャンスは沈んでいた私を笑わせてくれました。

キムボとの出会いは偶然でした。
でも、彼が居なかったら・・・シャニアとの別れをこんな風に乗り越えられたとは思えませんでした。

目は魂を写すと言います。
私は、温かくまっすぐなキムボのまなざしに温められた気がします。
小さなキムボとの出会いは、シャニアの贈り物・・・かもしれません。