キキが1匹を死産した後、異変を感じた私とボーイフレンドはキキを動物救急病院へ連れて行きました。
超音波検査の結果、キキのお腹には正常な心拍数の2匹がいることが分かりました。
獣医師はキキの骨盤が小さすぎて帝王切開で出産しなければならないと言いました。
しかしその時、私は高額な手術費を準備できていませんでした。
絶望的な状況の中、私はSNSを通じてキキの窮状を訴え、寄付を募りました。
すると、3人の女性から寄付が届き、その後もたくさんの人が寄付に応じてくれたのです。
寄付が目標額に達したとき、病院の受付の女性が私と抱き合って泣いてくれました。

5分後、キキは手術室に運ばれ2匹の子猫が生まれました。
麻酔で眠るキキは心配ないと言われましたが、生まれたばかりの子猫たちはとても危険な状態で20分後には1匹が亡くなってしまいました。
私たちのもとへ生き残った1匹が連れて来られたのですが、足先が紫色をした子猫は全く動かず、呼吸は3秒に1度音を立てて息を吸い、その体はとても冷たかったのです。
子猫の呼吸が5秒に1度になったとき、すぐに何かしなければ5分と生きていない・・・そう感じた私は涙があふれてきました。

ふと私は、親しい友人がアドバイスしてくれたことを思い出しました。
友人が言っていたように、薄い毛布の上から子猫の背中と両脇を一生懸命擦り続けました。
すると、紫色をしていた子猫の肉球がゆっくりと明るいピンク色に変わり始めたのです。
冷たかった体も徐々に温かくなってきました。
もっともっと擦り続けていると、子猫の呼吸が早くなり規則的になって来ました。
私がそっと子猫の足を押してみると、子猫は蹴り返してきたのです。
子猫の頭が動き、そしてついに鳴いたのです。
子猫は必死で生きようとしています。
子猫にモクシーと名前を付け、キキと一緒に連れて帰りました。

はじめの1日、キキは疲れ切っていてミルクが出る気配もありませんでした。
でもキキは、モクシーのすぐ傍に横たわり目は常にもぞもぞと動くモクシーを追っていました。

獣医師はモクシーが早産で生まれたと言っていました。
彼女の体重は82gしかなく私はキキの代わりに2時間ごとのミルクを与え、排泄を助けました。
そして、我が子を抱くこともできないキキの代わりにモクシーを温めました。

翌日の正午、少し元気を取り戻したキキは早速モクシーのお世話を始めました。
すると、モクシーがキキの胸に顔をうずめたとき、私はキキが泌乳していたことに気付いたのです。

そしてキキは、私の傍にモクシーを連れて来てお世話をしていました。
キキは必死に生きようとしている我が子のために、最善の看護をしてあげようと決意しているようでした。
キキはいつもモクシーを抱きしめて精一杯の愛情を注ぎました。
私は懸命に子育てをするキキを支えようと思いました。

私は寄付してくれたたくさんの人達と、出産したキキと日々生きようと必死に戦っているモクシーの様子をSNSに投稿して共有しました。
すると見も知らぬたくさんの人たちが、キキとモクシーの奮闘ぶりに温かい応援メッセージを送ってくれたのです。
モクシーの成長は、たくさんの人たちに見守られていました。

2週間後、モクシーの体重は約230gまで増やすことができました。
小さく生まれたモクシーでしたが、日々確実に成長していました。

3週間後、モクシーの目が開き始めました。
彼女の耳がピンと立ち上がり、間もなくモクシーは少しずつ歩くことを覚えて活発に動き回るようになりました。
私の両親と祖母はモクシーのお気に入りで、彼女はよく祖母に抱かれて眠りました。

私たちは家族の2匹の犬ともう1匹の猫にモクシーを紹介しました。
2匹の犬達はモクシーを気に入ったようで、モクシーもまた犬達に遊んでもらえるのがとても楽しそうでした。

生後1か月を迎えたモクシーは、今も順調に成長を続けています。
モクシーはいつの間にか私の心を盗んでしまい、でもそれは私だけではありませんでした。
SNSを通じてモクシーを知ったたくさんの人が、モクシーの成長を見守り続けてくれ彼女に心を奪われていました。
モクシーにはキキと私たち家族だけでなく、たくさんの人の善意と温かいまなざしが注がれていたのです。
私は困難な人生の始まりを生き抜いたモクシーを支えてくれた人たちに感謝し、彼女の元気な姿を届けています。