2匹は生後2週間足らずのオスとメスの兄妹で、呼吸器や目に重い感染症の症状がありました。
メスの子猫はほとんど目が見えない状態、身体の小さなオスは塞がってしまった目が全く見えず衰弱も激しい状態でした。
勤務先の獣医師は2匹を助かる見込みがないと言い、他のスタッフ達も諦めてしまいました。
どうしても諦めきれなかった私は、里親代わりになって自宅で看病すると申し出、数日後にはオスの子をアトラス、メスの子をカンブリアと呼ぶようになりました。

衰弱の激しいアトラスは、1週間ほど瀕死の状態が続き、時間ごとのミルクが欠かせませんでした。
間もなくアトラスに新たな感染症、ジステンバーが見つかりました。
感染性が強く、最悪の場合死に至る重い病気です。
獣医師の安楽死の提案を拒否したことで彼女に不満を持たせた私は、その治療費をポケットマネーで賄うことにしました。

24時間体制の看病とミルク、そして点眼と投薬をはじめて1週間を過ぎた頃、2匹はくしゃみや鼻水の症状を残しながら体重を増やし、少しずつ好転し始めていました。
アトラスはまだ呼吸が苦しそうなときがあり、私が傍を離れると大きな声で鳴いて私を呼びました。
私はそんなアトラスをポケットに入れて仕事をしました。
カンブリアは兄のアトラスの約2倍の大きさになりました。
彼女は目の見えないアトラスが周囲を怖がるため、いつも盾になってアトラスを守るような様子を見せていました。

ようやく回復の兆しを見せ始めたアトラスとカンブリアには、常に安心していられることがとても重要でした。
そして、生後間もなく母親を亡くした2匹にとって、お互いの存在はなくてはならないものでした。
私は2匹が回復し新しい家族を探すときが来たら、2匹を一緒に引き取ってくれる家族を探すべきだと思っていました。
しかし、獣医師はあくまでも2匹に別々の引き取り手を探すように勧めました。
その日、帰宅した私の夫は勤務先を辞めた私と2匹の出迎えを受け、考え方の相違を理由に勤務先を辞めた私を理解してくれました。
さらに夫は2匹を家族に迎えることを許してくれたのです。

1か月後、2匹はかなり元気を取り戻していました。
体重はまだ平均に届きませんでしたが、以前から飼っていた我が家の犬に寄り添うようになっていました。
2匹を犬に紹介して以来、アトラスとカンブリアは犬のことをとても気に入ったようで、犬のベッドに強引に侵入しては3匹が身を寄せ合っていました。
2匹は猫らしく鳴く代わりに、遠吠えのように鳴くようになりました。
毛布や私の髪の毛を吸う以外、2匹を離すことはできません。
私は新しい勤務先で仕事を始め、私の夫は次第に猫の人になっていきました。

3ヶ月が過ぎ、アトラスは片方の目の光を失わずに済みました。
もう一方の目はもう少し彼の成長を待って手術の必要を再評価することになりました。
健康を取り戻し、体力を付けた2匹は2匹のすることをすべて受け入れる優しい犬をいいことに、攻撃的な毛繕いをしていました。

4か月を迎えると、2匹はそれぞれの個性が輝き始めていました。

アトラスは、ひげが大好きで、犬のおやつを盗んだり私の周りを歩いて肩に上ると髪の毛を食べるのが好きです。
結果的にアトラスは片目の摘出手術を受けました。
しかし、それは彼を変えることにはなりませんでした。

独得の声で鳴き、バスルームに出入りするものをバスタブの縁に座って監督しています。
カンブリアのお気に入りは夫で、彼のセーターにくるまるのが大好きです。
2匹とも、なぜか猫らしい行動をとらない奇妙なところをもっている以外、いたずらと遊びが大好きな元気いっぱいの猫に成長しました。
2匹のおかげで我が家はとてもにぎやかになりました。

瀕死の状態から数か月、周囲の諦めに納得できなかった私は強引だったかもしれません。
でも、2匹の今を見る限り私の選択は間違っていなかったと思っています。

ある夜、夫が私のところへやって来て不意にこう言いました。
『私はアトラスとカンブリアを愛しているよ。』

私は彼の知らないところで涙を流しました。
私が2匹のお世話をすることができたのも、勤務先を変わったことも、何も言わずに見守ってくれた夫がいなければ私は先へ進むことはできませんでした。

アトラスとカンブリアが加わったことで、私たち家族の絆はより強く深いものになれたかもしれません。