野良猫は以前から、私が住む地域の違う場所でときどき見かけていた猫でした。
私は、肋骨が浮き出るほど痩せた野良猫にご飯と新鮮な水を与えることにしました。
少しずつ私に信頼を置くようになった野良猫は、毎朝私の家に通ってくるようになりました。
はじめはなかなか近寄らなかった猫は、慣れてくるととてもフレンドリーで愛情深い猫でした。

野良猫が私の家に通ってくるようになって1週間が経ちました。
その頃私は自宅の敷地内に、子猫の鳴き声を聞く機会が増えたような気がしていました。

野良猫が通いだして2週間。
私は次第に野良猫に愛情を抱くようになり、何とか彼女を助けてあげたいと思うようになりました。
と言うのも、サディと呼ぶようになった野良猫は相変わらず痩せていたのです。

その日の朝、いつものようにサディにご飯をあげるために裏口を出た私は思わぬ光景を目にしました。サディが4匹の子猫を連れていたのです。
サディが毎日通ってきていた本当の理由が分かった気がしました。
私が聞いていた子猫の鳴き声は、この子たちだったのです。

サディはまっすぐに私を見上げ、必死に何かを訴えているようでした。
『私が連れてきた子猫たちを見て。私たちを助けて。』

その後、サディの一家が私の家から2ブロックも離れた朽ち果てたガレージで子猫を育てていたらしいことを知りました。
その場所から私に家までは、かなり危険を伴う道のりです。
サディは子猫たちを育てるために、より安全な方法を考えたようです。
子猫たちが自分について来れる時期を見計らって、信頼できそうな私の自宅の敷地内に子猫たちを隠していたのです。

サディにミルクをもらった子猫たちは、元気に飛び回っていました。
しかし、どの子猫も小柄で痩せていました。
サディだけでは限界を感じていたに違いありません。

以前から懐いていた彼女を助けたいという想いは実行に移すときが来たようです。
私はサディと小さな家族たちを私の猫として世話をすることを決めました。

私はサディと子猫たちを獣医師のところへ連れて行き避妊と去勢の手術を受けてもらいました。
サディと子猫たちに、自宅の作業部屋を住まいにあて、夏の暑さと厳しい冬の寒さを凌げるようにエアコンを設置しました。
そして、彼等の家と私の家、外を自由に行き来することができるようにしました。
彼らにはたっぷりのご飯と、新鮮な水、必要な医療を与え、自由に暮らしてもらうことにしたのです。

私は4匹の子猫にも名前を付けました。
成長したオスのマックスは、カールした豊かな毛並みを持つゴージャスな猫に成長しました。
彼は兄弟の中でも最も外を愛する猫です。
幼い頃、最も病弱でサディがいつも目をかけていたオスのバートは、元気いっぱいの猫に成長しました。
兄弟の中で最も小さく生まれたメスのロニは、母親のサディに似た面影を持っています。
そしてもう1匹のメスのノラは、ロニとそっくりの顔だちをしています。
サディは、始めのうちこそ頻繁に外に出かけていましたが、その後、次第に朝の2時間程度を外で過ごし1日の殆どを私のそばで過ごすようになりました。

サディが初めて私の家に姿を見せたとき、私と彼女がまともに顔を合わせたのはそれが初めてのこと・・・のはずでした。
なぜ、彼女が私の家を選び、私に助けを求めたのかいまだに分かりません。

私はサディの小さな家族を迎え入れた後、外の生活を好むマックスのために自宅にキャットハウスを増設し、後にその場所は地域の高齢猫たちの避難所の役割もするようになりました。
マックスは、やってくる猫たちを快く迎え、私は彼らの居住空間を整えご飯を与えています。
誤解の無いように言っておきますが、私は猫の保護活動をしてきたのではありません。
サディという偉大な母猫に出会って、彼女の家族の飼い主になっただけです。